農薬は正しく使おう

7/4 18:20 除草剤を使っていたら、手がしびれてしまう。除草剤といっても、ラウンドアップハイロードという、この種の薬品の中では安全な方とされる薬である。

 身分証明書を見せてハンコをつかないと買えないほどの危険な農薬でもない。それに、少し撒く程度だから、いちいちゴム手袋をつけることもないだろう、と考えたのが甘かった。

 ラウンドアップは、実に効率よく植物の葉から吸収される除草剤である。しかし、それが仇となってか、噴霧された毒の成分が人間の皮膚からも実に効率よく吸収されるとは思ってもみなかった。

 とりあえず即座に手を石鹸で洗い、服も全部脱いでシャワーを浴びる。しかし手のしびれは全く消えない。困ったことになった。


7/4 19:00 インターネットでラウンドアップの解毒方法を調べる。「安全な除草剤」だと、ふざけるな、モンサント社提灯記事のくせに、と半分怒りながら更に検索を続ける。幾つか他の記事も見付かる。

  ラウンドアップは,植物の生育を停止させる除草剤グリホサート(41.0%)に界面活性剤ポリオキシエチレンアミン(15.0%)を加えた製剤で,毒性は主として界面活性剤の方にあるといわれている.黄褐色の水溶性液体で,ヒト経口推定致死量は2ml/kgである.

 たとえ今日使った分の液を全部飲み干したとしても、とりあえず死ぬことはない。これだけは安心。

症状
  毒作用として粘膜刺激作用と消化管刺激作用があり,症状としては吐き気,嘔吐,咽頭痛,腹痛があり,激しい下痢と嘔吐による脱水にてショック状態となるが,意識は正常である.

 意識が正常であることを除けば、どの症状も当てはまらない。私のような体のしびれという症状は、医学界でも知られてないというのか。

治療
  誤嚥に十分注意しながら胃洗浄を行い,十二指腸チューブより吸着剤(活性炭)と下剤(マグコロール等)を投与し,腸洗浄(有機リン剤に準じた)を行う.補液を十分に行い,脱水の補正と強制利尿を行う.大量服用例には血液浄化法を考慮するが,グリホサートは分子量が小さく、血液吸着ではほとんど除去できず,血液透析で効率よく除去できる.製剤中の界面活性剤に関しては、血液透析と血液吸着のどちらが有効か明確でない.

 残念ながら、私の事故は誤飲ではない。皮膚からの吸収への対応方法は知られてないのだろうか。他のサイトを調べてみても、今の時点で有効な解毒剤は開発されてないとのこと。さあ困ったことになった。しかし、とりあえず「脱水の補正と強制利尿」はヒントになりそうだ。結局、肝臓と腎臓という、人体に備わった、毒気を浄化する天然のフィルターに頼るしかない。台所で水をコップに4,5杯飲み干した。後になって気付いたのだが、そんなに大量の水を簡単に飲み干せたのも不思議なことだった。


7/4 20:00 一時間に一度水分を摂取してトイレに行くことにする。手のしびれは依然消えない。しかし、キーボードが打てるだけの力が残っているのは不幸中の幸いだ。たとえこのまま後遺症が残ったにしても、日常生活に大きな支障を来すことはないだろう。


7/4 22:00 一時間に一度の水分摂取がまだ続く。ごく軽い吐き気も出てくる。手のしびれは少し収まってくる。しかし、完全に収まったわけではない。相変わらず残っている。それに、体全体がだるい。手のしびれで問題が生じてないかどうか確認するために、ピアノでブルグミュラーの「アラベスク」を弾いてみる。ところがこれに関してはほとんど問題なかった。むしろ、不思議なことに、いつもつっかえるところが、今日は問題なく弾ける。


7/5 1:00 一時間に一度の水分摂取はまだまだ続くが、水でなくアクエリアスにしてから吐き気が軽くなる。頭を横たえて寝ると頭が痛む。さあ困った。体育座りで膝を抱えて寝ようとしたが眠りにつけない。


7/5 3:00 やっと頭を横たえてもあまり頭が痛くなくなってきた。眠ろうとする。しかしなかなか寝付けない。


7/5 8:00 手のしびれがだいぶ収まっている。ただし百パーセントでなくて、残り五パーセントくらい残っている。しかし、これなら今日から仕事に復帰できそうだ。


7/5 11:00 今度は、手のしびれよりも頭痛と体のだるさの方が問題になってくる。なかなか仕事が手に付かない。仕事はきりのいいところだったので、早退きすることに。


7/5 11:30 病院へ行く。午前の受付は終了とのこと。午後は14:30から。こんなに待つのか。家で休むことに。ごく微かな手のしびれと頭痛は、まだ続く。


7/5 14:40 手のしびれは九十九パーセント収まったし、頭痛も少し楽になった。ゆっくり体を休めることが最良の薬だとでもいうのだろうか。しかし念のために病院での検査はしておきたい。再び病院に向かい、待合室へ。自分の番は意外にも早く回ってきた。体温を測るが、37度を超えている。心拍が上がっていることは気付いていたが、それは知らなかった。


7/5 14:50 診察室で問診を受ける。しかし、除草剤が皮膚から吸収されて具合が悪くなったという症例はあまり聞かないのか、結局不明に終わった。ラウンドアップの現物を持ってこなかったことを大いに後悔する。尿検査と心電図検査を受けたが問題なし。肝臓と腎臓にだいぶ負担をかけたと思うが、今のところはそれほど大きな心配はなさそうだ。血液検査も受けたが、結果は来週頭になるとのこと。鎮痛薬が処方される。まあ、解毒薬はないのだから、できることと言えば頭痛を和らげるなど対症療法しかない。


7/6 10:00 手のしびれは全くなくなったし、頭痛もかなり軽くなった。しかし、手に細かい動きをさせようとすると、少し“どんくさい”。キーボードを打つ動作はあまり問題ないが、指をすり鉢状に回転させる動きをさせようとすると、薬指と小指が思うように動かない。それに、ピアノを弾く時の、人差し指と中指のトリル(ある音と、一つ上の音を素早く交互に弾く奏法)は問題なく指が動くが、薬指と小指のトリルが全くダメになった。全く動かないわけではないが、指がかなりもたつく。リハビリが必要になるかもしれない。


7/6 20:00 現在この文章を書いている。キーボードを打つこと自体はあまり問題ないが、いつもより腕が疲れる。特に、左手の薬指を動かすのが少しもたつくし、左手の小指を動かすと少し痛い。いつになったら直るのだろう。毒気が抜けて完全に回復するのか、毒気が抜けても神経がやられてしまっていて、リハビリしてやっと回復するのか。いずれにしろ、希望は捨てないことにする。また、今回の教訓として、「たとえ『安全な農薬』として宣伝されているものであろうと、生半可な気持ちで使うべきではない」。どんな農薬だろうが、ゴム手袋に防毒面、長袖長ズボンにゴム長靴の完全武装で使わないと、私のような目に遭うかもしれない。しかし、農薬を使わずに済むならそれに越したことはない。もうラウンドアップは懲り懲りだ。これからは、手がしびれて使い物にならなくなる危険を冒すよりは、面倒でも手で草を抜くことにしよう。


(2003/03/16補足:その後、血液検査の結果が返って来た。肝機能・腎機能とも異常なし。小指の動きのもたつきが一番最後まで残ったが、それも一、二ヶ月くらいで自然に治った。そしてあれから半年以上経ったが、今では手のしびれはすっかり取れて平常に戻っている。少なくとも私の自覚出来る範囲では、後遺症は全くない。)