教師に体罰は必要じゃないか――。宮崎市で開かれている日教組教育研究全国集会の27日の分科会で、生徒側からこんな意見が続出した。学校教育法で体罰を禁じられている教師に同情したり、「理由があれば体罰も認められる」と主張する子供たちが多く、体罰否定を掲げてきた教師たちは困惑の表情だった。
「体罰肯定論」が噴出したのは、生徒らが討論に加わる特別分科会「子ども参画と学校改革」。地元宮崎県内を中心に全国から高校生ら約40人が参加した。
どんなタイプの教師が好かれ、どんな教師が嫌われるかについて、発言する中で、長崎県の公立高校3年の女子生徒が「体罰は必要だと思う」と切り出した。そして「(生徒を)たたくと、すぐに体罰といわれて新聞にも出てしまう。たたけない先生はかわいそう」と教師を擁護し、「たたかれないと分からない面もある」「個性とわがままをはきちがえている生徒も多い」と持論を述べた。
司会者が「体罰を肯定する人は?」と聞くと、即座に十数人が手を挙げた。これに続く形で、宮崎県の男子高校生も「相手に伝わらない時や理解してもらえない時は、自分も殴ると思う」と話した。「生徒側が悪いのに、親が大げさに騒ぎたてて教育委員会に通報し、好かれていた先生が辞めさせられた」(沖縄県)、「諭して分からない時はげんこつの1発は必要」(福岡県)などの意見も相次いだ。
「体罰をされた先生は今でも怖い」「体罰でしか注意できない先生は悲しい」など、体罰反対の意見は少数だった。
分科会に参加していた早稲田大の喜多明人教授(教育学)は「家庭でも体罰が行われ、学校にも厳しさを求める九州という土壌が反映されたようだ。関東などとは違った反応かもしれない。しかし、体罰は人権侵害ということを理解しないといけない」と少し困惑した様子だった。 【澤圭一郎】(毎日新聞)
[1月27日20時50分更新]
あっぱれ生徒たち。よりにもよって、日教組の教研集会でというのがあまりにも痛快だ。
日教組先生よ、そんなに“子どもの権利”が大切なら、校内暴力や授業妨害などで他の生徒に迷惑をかける問題生徒を甘やかして彼らの権利ばかり擁護するのではなく、そんな迷惑を被っている他の多くの生徒が安心して学校に通える権利を擁護してくれ。
細かいことだが、「子ども参画と学校改革」なんて書いてて、それでも学校の先生か。小学校からやり直した方がいいのでは。大体、子供の「供」は小学校で習う漢字だ。先生から漢字を使うのを面倒がってては、生徒はなおさら覚えない。……というか、これは迷信のせいであるのだけれど。
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