『日本國憲法の遵守義務は一般國民には無い』説の矛盾

 本日は憲󠄁法記念日ですが、「日本國憲󠄁法は國家權力を縛るためのもので國家權力だけに遵󠄁守義務があり、一般國民には遵󠄁守義務が無い」と言ふ說を唱へる人が少なからずゐます。
 しかしこの說には明󠄁らかな矛盾があります。

主󠄁權在民に反する

 この說は國家權力を他人事のやうにみなしてゐる意󠄁見です。日本國憲󠄁法の精神は「主󠄁權在民」で、國民全󠄁體の意󠄁見で憲󠄁法を制定し又は改正し、國の政治を國會・內閣・裁判󠄁所󠄁に行はせるのです。一般國民を國の政治から遠󠄁ざけようとする、日本國憲󠄁法に反する考へに他なりません。

憲󠄁法の條文にも反する

 ところで、以下の條文は國家權力が守るものでせうか。
第十二條 この憲󠄁法が國民に保障する自由及󠄁び權利は、【國民】の不斷の努力によつて、これを保持しなければならない。又、【國民】は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第二十條 信敎の自由は、何人に對してもこれを保障する。【いかなる宗敎團體】も、國から特權を受󠄁け、又は政治上の權力を行使してはならない。
第二十四條 婚姻は、【兩性】の合意󠄁のみに基いて成󠄁立し、夫婦󠄁が同等の權利を有することを基本として、【相互】の協力により、維持されなければならない。
第二十六條 2 【すべて國民】は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通󠄁敎育を受󠄁けさせる義務を負ふ。義務敎育は、これを無償とする。
第二十七條 【すべて國民】は、勤勞の權利を有し、義務を負ふ。
3 兒童は、これを酷󠄁使してはならない。 (※「私達󠄁は民間企業で國家權力ではありません」が通󠄁用しますか?)
第三十條 【國民】は、法律の定めるところにより、納󠄁稅の義務を負ふ。

「國民は間接的󠄁に守る」論の穴

 「國家權力が下位の法令を決めて、一般國民は間接的󠄁に守る」と主󠄁張する人がゐます。しかし、その法令が無かつたり穴が空いてゐたら、國民は守らなくても良いのでせうか。これは實質的󠄁に「憲󠄁法の拔け道󠄁」を作つてゐるに他なりません。たとへば國家が國民の思想を彈壓するのが違󠄂憲󠄁なので、特定の思想を持つ人間を彈壓するのを民間の團體に任せるといふ拔け道󠄁が出來てしまひます。

『あたらしい憲󠄁法のはなし』の憲󠄁法解釋にも反する

 小生は戰爭反對と憲󠄁法第九條擁護の「バイブル」のやうな存在である、『あたらしい憲󠄁法のはなし』や、それに影響された昭和の知識人の書いたものを通󠄁して憲󠄁法解釋を學びました。
 しかしこの本には「私達󠄁は國家權力とは關係ない一般國民で、憲󠄁法など守る必要󠄁はない」とは一言も書いてありません。逆󠄁にかう書いてゐます。「みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲󠄁法を守ってゆかなければなりません。」(p4)「ほかの人も、みなさんと同じ権利をもっていることを、わすれてはなりません。國ぜんたいの幸福になるよう、この大事な基本的人権を守ってゆく責任があると、憲󠄁法に書いてあります。」(p25)「じぶんのすきな政党にはいり、またじぶんたちですきな政党をつくるのは、國民の自由で、憲󠄁法は、これを「基本的人権」としてみとめています。だれもこれをさまたげることはできません。」(p40)「これから先、この憲󠄁法を守って、日本の國がさかえるようにしてゆこうではありませんか。」(p53)

おまけ:憲󠄁法無效論

 憲󠄁法改正には「贊成󠄁」「反對」の選󠄁擇肢しかないわけではありません。日本國憲󠄁法には定めのない「憲󠄁法廢止」といふ選󠄁擇肢もあれば、日本國憲󠄁法を無效として大日本帝󠄁國憲󠄁法に戾すといふ選󠄁擇肢もあります。後者は、たとへば「占領下に軍事力をもつて決められた憲󠄁法は無效」とか「改正してはならない條文を變へたので無效」等の理由で「そもそも無效で、現在も明󠄁治憲󠄁法が有效であり、內閣がそれを認󠄁めてその體制に戾せば良い」と主󠄁張する意󠄁見です。御興味のある方は「憲法無効論」といふキーワードでお調󠄁べください。理論上はあり得なくもないのですが、實施のハードルは高いでせう。

この記事の國語表記について

 『あたらしい憲󠄁法のはなし』の引用など一部を除き、日本國憲󠄁法(昭和21年11月󠄁3日公布)の原文と同じ表記で書いてみました。「当用漢字表」「現代かなづかい」(昭和21年11月󠄁16日吿示)の少し前󠄁なので、傳統的󠄁な表記のままでした。