同人イベントと行政・主催者・サークルの責任

「えっ!都の施設でポルノコミックの即売会」政治も‐地方自治ニュースイザ!
 東京都中小企業振興公社が、東京都台東区の「都立産業貿易センター台東館」を、今後、アブノーマルを売り物にしたある同人イベントに貸し出さないことを決定したとのことで、「これは表現の自由の弾圧ではないか」と議論が巻き起こっています。
 結論から先に言うと、私は「表現の自由の弾圧」云々は大袈裟ではないかと考えます。しかしこれは、会場を貸し出す側やイベントを主催する側、そして各参加サークルの責任問題について考えさせられる問題かもしれません。

市民会館で悪徳商法

 ふと思い出しました。行政の運営する施設で問題ある催し物、というと、「市民会館で悪徳商法のイベント」なんて、たまにある事ではありませんか。
 マルチ商法催眠商法、それからいわゆる「エウリアン」も。
 ずっと前の話ですが、新聞広告で「チラシを持って行くとポスターを一枚プレゼント」なんて書かれた、絵画の展覧会が市民会館で開かれていたので、家族総出で行ったことがありました。その頃はエウリアンについて何も知らなかったので、今考えるとあまりの無防備さにぞっとしますが。
 幸い、うまいカモにはなりそうもないと思われたのか、それとも家族総出の団体行動が功を奏したのか、なぜか押し売りされる事もなく、数十万、数百万の値札の付いた絵をいろいろ見て回ったものでした。とは言え、「絵なのになんでカーローンを組んで買わせるのだろう」という疑問だけは残ったのでした。


 もちろん、これは市が運営しているイベントではないし、市が協賛しているわけでもありません。だとしたら大問題です。市は、単に場所を提供しているに過ぎません。
 とは言え、「単に場所を提供しただけ」だからといって、責任を免れるわけではないでしょう。このような公共施設も、法律に抵触したり、そうでなくとも社会通念上問題のあるイベントのために場所を貸し出す事のないよう、事前にチェックしているものと思われます。しかし、チェックが甘かったり、借りる側が虚偽の申請をしたりするために、どうしてもチェックをすり抜けてしまう事は起こり得るのかもしれません。

どこまでが許されるか

 悪徳商法であれば、「ここまでは大丈夫、ここからはダメ」という線引きが、それでもまだやりやすい方かもしれません。
 宗教団体や政治団体となると、憲法の「信教の自由」「思想の自由」うんぬんとの関わり合いもあって、線引きがとたんに難しくなります。特定の宗教団体のイベントをカルト宗教扱いして追い出すか、それとも「信教の自由」を尊重して受け入れるか、とか、極左思想を支持する過激な映画の上映会を「秩序を乱す」ものとして追い出すか、それとも「表現の自由、思想の自由」を尊重して受け入れるか、といった問題が出てきます。


 同人誌即売会はどうでしょう。会場を借りた主催者が、スペースを多数のサークルに「又貸し」しているために、また別の問題が生じます。*1

  1. 施設管理者の声が、サークルに直接届くのではなく、同人誌即売会の主催者経由で届くこと
  2. サークルが多数あり、考えも「一枚岩」ではないこと

 仮に運営能力に著しく欠ける人物が同人誌即売会を主催するなら、施設管理者の「こういう表現の本を頒布されては困ります」といったガイドラインが、同人誌即売会の主催者のところでストップして各サークルに伝わらなかったり、伝言ゲームで間違って伝わる、といった事態が起こるかもしれません。正しく伝わったとしても、一部のサークルが言うことを聞かないかもしれません。ひどい場合には、主催者ぐるみで問題を起こす、たとえば「成人向出版物の配布も行う」ことを隠して会場を予約し、後になって問題が発覚しトラブルになる事もあるかもしれません。
 そのため、同人誌即売会とは、主催者自身が問題行動を起こさないよう気を付ければそれで終わりというのではなく、全参加サークルが問題を起こさないよう、主催者の管理能力が非常に問われるイベントでもあります。逆に、参加サークル側も、「漫画文化に好意的な同人誌即売会主催者から直接スペースを借りているんだから、何やったっていい」かのように振る舞うのは、大きな勘違いです。同人誌即売会の主催者が持っている場所ではなくて、飽くまでも人様の場所を借りているわけですから、持ち主の意向に従うのは当然の事ですし、迷惑がかかる事は当然避けなければなりません。
 会場の貸し主が「こういう表現の同人誌をこの会場では頒布しないでください」と言う事を何でもかんでも「表現の自由の侵害」と決め付けるのは、はっきり言って責任転嫁です。頒布した本がもとでトラブルが起きた時、サークルだけでなく即売会主催者や、施設管理者にまで火の粉が飛んで迷惑をかけるのだ、という認識はあるでしょうか。それなのに、もし「自分たちの頒布しようとした本の表現があまりにも破廉恥で、公序良俗に甚だしく反する内容だった事がいけなかったのに、それをとがめられると、『(ソフトな表現のものも含め)成人向同人誌全体の危機』とか『(性表現や残酷描写のないものも含め)同人誌全体の危機』であるかのように問題をすり替え、その『危機』とやらを引き起こしたのは自分たちであるという自覚も反省も全くない」とすると、これは全く情けないことです。仮にも「成人向」作品を頒布しているような人が、自分たちのワガママが通らないからゴネる、なんて、こんな大人げない皮肉はありませんし、よっぽど同人誌に対する偏見とか厳しい規制につながる行為です。

最低でもゾーニングを徹底せよ

 同人誌即売会を主催する側にも、まだまだ改善する余地があるように思うのは私だけでしょうか。確かに表現の自由は大切ですが、表現の自由を守りたいなら、表現する側の規律も必要です。
 できる事なら、ポルノ作品は全く頒布しないのであれば、問題は最小限に抑えられるでしょう。それが無理としても、せめて「一般向」作品と「成人向」作品のスペースを、一般の書店やレンタルビデオ屋並に、はっきりと分けてもらえないでしょうか。未成年者や、成人でも一般向作品を探している人*2にとって、安心して参加できる場所になるように思います。
 年齢制限なしに誰でも入れる場所では、ポルノ作品を「未成年者に売らない」だけでは不十分で、はっきりと区画を分け、できる限り「立ち入り」も禁止するのが、社会通念として常識です。この点に限って言うならば、現状の多くの同人誌即売会は、まだまだ社会の常識レベルには到達していないと感じざるを得ませんし、一般社会の理解を得るのも難しいでしょう。
 1980年代初頭と違って、女性や子供がレンタルビデオ屋で安心して映画や韓流ドラマや子供向けアニメを借りるような時代がやって来たのは、レンタルビデオ屋がしっかり「ゾーニング」をしてきた事も理由の一つです。そして、それを「表現の自由の侵害」だという人はほとんどいないでしょう。漫画同人界がこの成功例から何も学ばないとするなら、一般社会の理解を得たり、同人誌愛好家の裾野が広がって、さらに多くの人が同人誌を読んだり、作り手に回ったりする時代が来る事も、残念ながら期待できないでしょう。

*1:これはおたく文化特有の問題ではありません。フリーマーケットも、主催者が施設管理者から借りたスペースを多数のグループに分配するという似たような形態なので、似たような問題が生じるかもしれません。

*2:実際には結構いるものです。一例を挙げるなら、大人気の「ちゅるやさん」漫画は一般向ですし、現在同人ショップに専用の棚まで作られるほど人気の「東方」シリーズのゲームに基づく同人作品も、一般向が多くを占めています。