演歌に憧れた子供が大人になって

 「演歌を知らざる者、カラオケを歌うべからず」は極端にしても、それに近い雰囲気があったのが、今から二十年くらい昔の事。
 当時は通信カラオケなんてもちろん無く、レーザーディスクカラオケもまだあまり普及していませんでした。
 当時一般的だったメディアが「8トラックカートリッジテープ」、通称「8トラ」。普通のカセットテープを二回りくらい大きくしたサイズの、四曲入りのエンドレステープでした。


参考:8トラック - Wikipedia


 カラオケボックスの無かった当時は、カラオケというと、カラオケスナックのような飲み屋で歌うものと相場が決まっていました。そうなると、自然と酒の席にふさわしい曲ばかりになります。北の故郷や大人の恋愛を哀愁を込めて歌う演歌や、スナックのママさんと仲良く歌えるデュエットソング*1がたくさん作られて、よく歌われていたものです(当時子供だった私は実際に飲みに行った事がないので、半分以上はテレビでの知識です)。
 もちろん、飲み屋以外でもカラオケセットを見かける事が時々ありました。カラオケの好きな家とかレストランの宴会場とか観光バス。やはり同じように、カラオケの機械と、演歌やデュエットソングばっかりで若者の楽しんでる歌謡曲にあまりにも乏しい、8トラカートリッジ数十本組のセット、というのがお約束でした。


 「なぜカラオケって演歌ばっかりなんだろう」、これが私の子供時代に抱き続けてきた疑問でした。「チェッカーズとか少年隊とか光GENJIみたいな最近の歌謡曲をもっと充実させれば、曲の幅が広がってもっとみんな楽しめるのに」、と。
 しかし同時にこうも思いました。「でも、私はカラオケが好きなのに演歌を知らないのも、問題と言えば問題だ。今はこの8トラカートリッジのセットの中から、数少ない歌える歌を探すだけでもやっとだけれど、演歌をもっと覚えれば、この中の半分以上が自分のレパートリーになって、どれを歌おうか迷うくらいになりそうだ」。
 残念ながら、この夢はなかなか実現しそうにありませんでした。演歌のカセットを買う金もなし、両親は演歌を「盛り場でホステスと酒を飲みながら歌う俗っぽい曲」という印象で見ていたのか、あまり好きではなかったので、テレビやラジオの演歌番組なんて、なかなか見る機会や聴く機会がありませんでした。触れる機会があまりなかった上に、私もそれを乗り越える努力をしてまで演歌を覚える必要性をまだあまり感じていませんでした。
 でも、「演歌は大人の歌で子供の歌ではないのかもしれないけど、きっと大人になったら、もっと自由に聴いたり歌ったりできるようになって、レパートリーもたくさん増えるだろう」という希望だけは抱き続けてきました。


 しかし時は過ぎゆき大人になると、子供時代私があんなに憧れていた、「演歌」という音楽カテゴリそのものが急速に人気を失っていました。カラオケボックスが普及し、レーザーカラオケの後には通信カラオケが主流となり、しかも演歌なんて知らなくとも、最近のJ-POPから懐メロまで、いくらでも歌いたい歌が揃っています。哀愁を込めた北国の歌なんて“眠たい子守歌”であるかのように扱われ、一昔前はNHKのど自慢でも大抵鐘一つしかもらえないほど演歌より歌うのが難しいように思われていたロック音楽が、逆にカラオケでの主流派になっていきました。
 子供時代にあんなに憧れていたものが……と思うと少し悲しい気持ちにもなりますが、しかし、こんな時代だからこそ、演歌をもっと覚えて、自分の歌える歌のレパートリーにどんどん加えていきたい、というのが、私の今でも抱き続けている夢です。
 しかし一つ問題がある事に気が付きました。もはや私は自由に演歌を聴いて歌えるだけの環境にあります。しかし、実践の場、つまり実際にカラオケで歌う機会となると、あまりにも乏しい。若者だらけの場で演歌ばっかり歌っても引かれる可能性があるのであんまり歌えないのでした。残念。

*1:「別れても好きな人」「男と女のラブゲーム」「もしかしてPartII」「三年目の浮気」なんて曲が当時はよく歌われていました。