「桂歌丸」と「萌え」のアンバランスなアニメ?

 「落語天女おゆい」というアニメが始まった。
 これは社団法人 落語芸術協会の75周年記念企画アニメであり、皆さんご存知の落語家、桂歌丸がそのままの名前で登場人物として登場し、声も本人があてていると聞いたので、ちょっと見てみた次第である。歌丸さんだけでなく富士子夫人とか三遊亭小遊三も出るそうだし、幕末〜明治時代に活躍した有名な落語家、三遊亭圓朝も物語中に登場している。


 内容的にはよくありがちな萌えアニメで、歌丸さんが出てなければ私は決して見てないだろう、といった具合のもの。
 主人公の月島 唯は月島のもんじゃ焼き屋の娘で、そこまではいいのだが、落語に夢中で、落語雑誌を授業中に盗み読みしたり部屋に歌丸師匠のポスターを貼ったりするくらい大好き、という設定。しかしまあ、落語研究会に所属する高校生はいるだろうが、ここまで落語に燃えるなんて、チョーありえないというか、都合の良過ぎる設定というか。
 女性陣はいろんな性格の人々をよりどりみどり揃えていて、主人公はおてんば娘、その他に金持ちお嬢様キャラにスポーツ美少女に理数系少女に内気な少女、そして12歳の大学院生という、あずまんが大王のちよちゃんもビックリの天才おチビキャラといった具合で、まあ、ここまでベタな人物設定なのには笑えてくる。
 そして主人公の唯が歌丸師匠にお熱を上げて弟子入りを志願するあまり大奮闘したり、先に挙げた現代の美少女たちが江戸時代にタイムスリップして悪と戦ったりとか、そういうお話のようだ。
 それから、エンディングテーマが演歌だったりするところは、萌えアニメのようでいて萌えアニメらしくない部分で、こういうのは私も好きだ。


 それにつけても、この作品のコンセプトがイマイチよくわからない。この作品は落語アニメなのか萌えアニメなのかはっきりせぇ、と言いたくなる。……と途中まで書きかけたが、もしかするとこのアニメ、「もえたん」みたいな萌え系学習書のアニメ版、といったところではないだろうか。つまりお唯ちゃんたち美少女キャラが教えてくれる落語入門、といったところかもしれない。
 話は少々脱線するが、漫画の付いた学習書とか萌え系学習書というものは、一歩間違うと学習書として役立たなくなってしまう欠点がある。
 その典型的な例が、「面白い漫画とつまらない解説文の単なるニコイチ」な学習漫画である。漫画がいくら面白くても、解説文とあまり関係ない場合がある。解説文がつまらないと漫画しか読まれないし、その上漫画もギャグが滑ってたとしたら最悪だ。
 それから、素人が作ったがために、学習用途としてはあまり質が良くない場合も中にはある。先に挙げた「もえたん」がいい例で、可愛いキャラとオタクなギャグに頼るのはいいが、ネイティブチェックがおろそかだったためか、英文としてはあまりこなれてない不自然な例文が多かった。
 こういう事を考えてみると、私が小学生の頃に読んでいた学研の「学習まんが ひみつシリーズ」がいかに偉大だったかを思い知らされる。ストーリーもギャグも良し、キャラもちゃんと立っている、それでいて解説もわかりやすくて知識もちゃんと付くと三拍子揃っていた。私も萌え系参考書がすべて悪いなんてレッテルは貼りたくない。でも、せめて「ひみつシリーズ」並みの、ストーリーとキャラと知識のバランスをちゃんと取った、本当に学習に役に立つ本であって欲しいものだ。


 閑話休題。さて、この「楽しみながら落語について学べるアニメ」は、その目的を果たせるのか、それとも粗製濫造の萌え系学習書のアニメ版よろしく、単なる駄作萌えアニメに終わってしまうのか。初回を見た限りでは恐らく後者の可能性が強いように感じるが、その通りになるか、それとも今後化けるか。今のところ私にはわからない。
(でも、みんな平凡なだけの萌えアニメには退屈しているのだから、萌えやバトルよりも、本題の落語のほうにもう少しバランス配分を注げばもっと面白くなるだろうと思う。私も含め、歌丸さんが一番の目当てで見てる人が案外多いらしいし。)
 しかし一つだけ言えることがある。落語芸術協会もよくこんな企画にOKを出したものだし、歌丸さんもよくこういう仕事を引き受けることをOKしたものだと感心してしまう。実際、歌丸さんも社団法人 落語芸術協会のサイトで

アニメも若い方に大変人気があると伺っております。そういったアニメの好きな方達にも落語の世界を知ってもらう良い機会だと思い、このお話しを快く引き受けさせていただきました。

と挨拶している。とは言え、こういう深夜の萌えアニメを見るような若者なんてほんの一握りしかいないことを、歌丸さんはもしかしたらご存知ないかもしれないが。
 何はともあれ、私も含め今の若者は「笑点」は見ても寄席に行かない人が多いが、「それじゃアニメを使って落語の面白さを宣伝しよう」という、この発想の柔軟さを、良い方向にうまく持っていって活かせば、落語とか寄席に興味を持つ若者もこれから増えるのではないだろうかと思う。
 このアニメがもし仮に成功したら、今度は浪花節とか歌舞伎とかをテーマにした萌えアニメも登場するだろうか。そして若者が浪花節をうなるようになったり、歌舞伎を見に行くようになるだろうか。恐らくないだろうけど。