プロジェクトS - 滑走者たち(前編)

〜出来れば、読み方は田口トモロヲ風に〜


晦日の深夜。
車は上信越道を走っていた。
道路がほのかに白かった。
雪だった。


夜が明けた。
田舎道の途中に、コンビニがあった。
弁当が待ち遠しかった。
皆、弁当コーナーへ駆け込んだ。
棚は空だった。
朝食がカップラーメンになろうとは、思いもしなかった。
店のおやじは優しかった。
暖かい店内で食べさせてくれた。
今晩の宿への道を教えてくれた。
店を出てすぐ、弁当のトラックが来た。
もう少し遅く来ていたら。悔しかった。


妙高杉の原スキー場。
着いてすぐ、スキー靴をはいた。
はき終わって周りを見回した。
誰もいなかった。
置いてけぼりにされた、そう思った。


ゴンドラで上へ登った。
しかし、そこにも誰もいなかった。
下を見てはっと気付いた。
中級者コースに来ていた。
たった一年のブランクは大きかった。
去年滑れたはずの斜面が、急坂に見えた。
仕方なくスキーを外して、歩いて下りた。
恥ずかしくてならなかった。


ふもとまで滑り降りると、皆が集まっていた。
「一体どこ行ってたんだ」と言われた。
皆がどこへ行くのか聞き落としていた、自分の間違いに気付いた。


足が痛んだ。
「スキー靴は足に靴を合わせるのではない、靴に足を合わせるのだ」。
だから少々きつい靴でも仕方ない、そう思いこんでいた。
しかし、もう堪えきれなかった。
山の中腹のレストランの近くに身を投げ出した。
この痛みを二日間もこらえるのだろうか。
自分の不運を、恨んだ。
スキー靴のバックルを外し、朦朧とした頭を抱えて坐り込んでいた。


頭を上げて足元を見た。
前よりバックルが短くなっていた。
バックルを何度か回転させてみた。
ねじ式になっていた。
単なる軸ではなかった。
反時計方向に回した。
バックルは少しずつ伸びていった。
四、五年前に買って初めての発見だった。
どうしてもっと早く気付いてなかったのだろう。
しかし、後悔より嬉しさの方が大きかった。


皆そろって、レストランに入った。
メニューを見た。
4桁の値段ばかりだった。
食事券を持っていてよかった、と思った。
横にポスターがあった。
フランス語の名前のココア。
たまには贅沢しようと思った。
カツカレーと、四百円のココアを注文した。


席が空いた。
皆、席になだれ込んだ。
普段なら平凡な味のカレーが、うまかった。
ココアに口を付けた。
変な味。
すぐにコップを離した。
酒精(アルコール)臭だった。


できるものなら、飲酒スキーはしたくなかった。
そう言うと、皆に笑われた。
スキーの合間にビールを飲むのは、もはや常識だった。


ココアのコップには、スキーヤーの絵があった。
暖かいので、酒精(アルコール)もだいぶ飛んでいるだろう。
恐る恐る、口を付けた。
雪で凍り付いた体が、次第に解けていくのを感じた。
救助犬の運んでくれるブランデーはどんな味なのだろう、そんな考えが頭をよぎった。


車に戻った。
リーダーは電話をかけていた。
電話の向こうは宿のおかみらしかった。
「反対の方向ですか」
運転手は車を逆の方向へ向けた。
コンビニのおやじ、出鱈目言ったな、そう思った。
「その道を、ノボリ方面へ……」
でも、要領を得ない説明だった。


電話の説明通りの場所へ来た。
しかし、別の宿ばかりだった。
地元の人に道を尋ねた。
宿のおかみにもう一度電話をかけた。
「やっぱり元の方向らしい」
コンビニのおやじが正しかった。
宿のおかみは、相変わらず、要領を得ない説明だった。
(後編に続く*1

*1:続きませんでした