男なのに女の子の漫画が好きなのは、変?

「どうして女の子のイラストばかり描くの?」押井徳馬・著、2008年12月発行 より。五年以上前に書いたものなので、若干内容の古い部分もありますが、ほぼ原文のまま転載します。


【転載開始】

男なのに女の子の漫画が好きなのは、変?

Q.最近は十代やそれ以上の男の子の間で、年若い少女キャラクターの漫画が流行っているみたいですが、そんなのに夢中になって変質者みたいな人になったらと心配です。子どもの命がかかっているので、法律で規制とかできないのでしょうか。
A.子供の福祉を気に掛けてらっしゃるのですね。立派です。でも、その問題を真剣に考えているのなら、本当の問題点がどこにあるかしっかり見分けてください。純粋に楽しんでいるだけの人の動機を過度に疑う代わりに、味方に付けましょう。むしろ、一部の男性文化の「暴力と性を強調する傾向」への反撥が背景のこともあるのですから。


 ここで質問します。「あなたは、男が少女漫画を読むことを、どう思いますか」。

知っていると安心できる

 女性に聞いてみると、たいてい、答えが真っ二つに分かれます。
 「私も好きだし、是非男の人にも読んでほしい」とか「普通だと思う」という意見もあれば、逆に「世間の常識からすると異常としか思えない」とか「気持ち悪い」と言う人もいます。
 私の観察した範囲では、前者の答えを返す人は、100%といっていいほど、自身も少女漫画が好きでよく読んでいる女性たちです。特に自分のお気に入りの作品を知り合いの男性も読んでいる事を悪く言う女性は、あまり見かけません。大抵は逆に、その作品の話で大盛り上がりするものです。逆に、後者の答えを返す人の中には、少女漫画が嫌いとか、あまり思い入れがない人が多いように思われます。
 つまり、「自分がその作品のことを知っているか知っていないか」で、こんなにも両極端の反応が返ってくるものです。考えてみると、「パソコン」や「携帯電話」も似ていますね。それらを悪の権化でもあるかのように悪く言う人は、自分が使っていないので「疑心暗鬼」におちいっている事があります。でも、そんな人でも、自分のパソコンや携帯電話を持つようになると、目が開けます。「どこどこは良いところだけど、どこどこは問題点だ」と、バランスのとれた見方ができるようになるものです。

意外に純情な男性ファンたち

 とは言え、最近は、少女漫画の熱心な男性ファンを公言する人は、昔と比べて少なくなったように感じます。アニメ化される作品が少なくなり、アニメがきっかけで少女漫画の世界を知るようになった男性ファンが減ったのが、大きな理由の一つです。
 加えて、「昔と違って、一部の雑誌で性的にきわどい作品が増えた」とこぼす人も時々見かけます(もちろん、すべての作品がそうだというわけではありません)。少女漫画の男性ファンは、意外と純情なものです。実際、少女漫画をあまり読まなくなった男性ファンは、最近は、若い青少年男性を主な読者層とした「萌え系」の漫画に流れているわけですが、下手すると本家の少女漫画よりも乙女チックで少女漫画らしいものです。
 加えて最近は、その「萌え系」の中でも、「あずまんが大王」「苺ましまろ」「らき☆すた」「よつばと!」「ひだまりスケッチ」など、女の子を主人公にしていながらも、恋愛がほとんど出てこない作品が人気を博しています。どこに魅力を感じるのかは十人十色ですが、「恋愛が義務ではない世界へのあこがれ」も一つにはあるのでは、と分析する人もいます。これは「恋愛対象としてではなく、対等な一人の人間としてキャラクターを見る」視点かもしれません。

「子供をおびき寄せるエサ」という誤解

 中には、「一部の成人男性が少女漫画や少女向けアニメを見るのは、少女をおびき寄せる話題作りとして」なのだ、という説を唱える人がいます。実際には、漫画やアニメのマニアの間でそんな話などまず聞いたことがないし、ある意味ユニークな発想です。
 確かに、子供を狙った誘拐事件や殺人事件はとても痛ましい事件であり、何としても無くさなくてはなりません。とは言え、確かな根拠に基づかないただの臆測を、いかにも本当であるかのように言って非難するのは、本当の意味での問題解決から目をそらす危険があるので、注意しなければなりません。
 でも、「自分は大人だから見てもつまらないのに、子供を引き寄せる話題として」漫画やアニメを見ている人なんて、本当にマニアでしょうか。大体、マニアは子供と話す機会がなくたって、漫画やアニメを見なくなる事はありません。自分が楽しむために見続けるのです。
 また、「チョコレート」や「飴」や「猫」も、「不審者が子供をおびき寄せるエサ」として使われますが、だからといって、お菓子好きな大人や動物好きな大人というだけで、誘拐犯扱いされることはないでしょう。それとも、漫画やアニメだけは例外なのでしょうか。
 さらに言うなら、「子供と共通の話題を作る」ことそのものは、決して間違いではありません。間違っているのは、飽くまでも、それを誘拐などに悪用することなのです。

コラム


秋葉原電気街の中にある「昌平小学校」。いわゆる「オタク」が言われるほど危険なら、ここの児童がまっさきに狙われそうなところだが、不思議なことに、そんな話はまず聞かない。

いろんな立場の人がいる

 「オタクはロリコンコンテンツの愛好家が多いので、犯罪的で危険だ」という漠然とした不安感や恐怖感を持っている人が世間には多いものです。中には、「変質者にはオタク趣味を持った人の割合が非常に高い」と主張して、そのような人々の不安をさらに煽る者もいます。ところが、「オタクだった変質者の犯罪がそんなに多いというのなら、具体的に、どんな事件があるの?」と聞かれても、五つ以上挙げられる人は、まず見たことがありません。「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる」という言葉通り、その種の犯罪は、「起きたら大ニュースになるほど珍しい」もので、だからこそ、件数が少なくとも人々の記憶に深く残ってしまうのかもしれません。
 (大体、「オタク趣味を持っていると危険」とか「顔がオタク顔なのは危険」という基準で自己流判断をするのは危険です。逆に、立派な身なりで社会的にも信用されている身分の人だから安心だ、というのも危険です。)
 もちろん、世間で「オタク」扱いされている人々がみんなロリコンコンテンツの愛好家ではありませんし、その「ロリコン」とやらも、本当に少女愛的な傾向の作品という意味ではなくて、単に可愛い女の子の出てくる漫画やアニメやゲームを漠然と指している事が往々にしてあるものです。
 しかし、そのすべてが「犯罪的」とは大袈裟でしょう。それに、そういう作品が人気を博しているのには、ちゃんと理由があります。まず、単に可愛いものが好きなファン層がいます。広告業界では「3B」つまり「美女(Beauty)」「子供(Baby)」「動物(Beast)」を使うと目を惹き付ける、とよく言われています。その効果を狙って少女を登場人物に据えることが多いのかもしれません。
 次に、少女漫画の男性ファンという層もあります。青少年漫画の一部に見られる、暴力と性を強調する傾向への反撥があったり、少年漫画にはあまり見られない、登場人物の繊細な心の動きを抒情的に扱った作品に興味を持ったり、女きょうだいや級友の女子の読んでいる本を借りて興味を持ったりといったきっかけの事もあります。こういうファン層は、少女漫画や萌え系コンテンツの中でも、抒情的な作品が好きなものです。
 最後に、美少女ヒロインに恋するファン層。ちょうどラブソングが流行歌の大半を占めていたり、ドラマや映画でも恋愛をテーマにしたものが多かったりするのと同じです。初恋みたいな純朴な感情だったり、「学生時代自分はこういう恋愛をしてみたかった」というノスタルジアである事も、よくあることです。
 多くは平和的な恋愛を扱った作品であるものの、相手を陵辱するような内容や犯罪めいた内容のものも一部にないわけではありません。しかし、これは美少女ヒロインに恋するファン層の中の、さらにアダルトコンテンツが好きなファン層の中にあってさえ、嫌いだとか理解できないとか言う人が少なくありません。
 そもそも、「オタク」と呼ばれる人がみんなアニメが好きなわけではありませんし、アニメ好きだけど、いわゆる「萌えアニメ」は嫌い、という人も結構います。そして、好きではあってもヒロインを「娘」や「妹」のように見る人と、「恋人」のように見る人と、それから「自分の投影」のように見る人と、いろんな立場の人がいるものです。

グループにより大きく異なる雰囲気

 しかしこのように説明すると、「それはほんの一部の世界の話だ」「エロばっかじゃないよ!健全系のいいものもあるよ!って主張する気持ちも分かるけど、今の現状見ると説得力ないよ」と反論する人もいるかもしれません。
 確かに、その気持ちもわからないではありません。まあ、インターネット検索でお目当てのサイトを探したはずが、アダルトサイトばかりひっかかって不快に思うような、そんな感じなのかもしれません。そのようなものを求めていない人は、確かに取捨選択する必要があるでしょう。
 でも、いわゆる「健全系」はごく例外的な存在かというと、全くことはありません。それが一番よくわかるのが、動画投稿サイトとして有名な「YouTube」と「ニコニコ動画」です。どちらも、アダルトコンテンツの投稿が制限されていますが、それが人気を落とす要因になることも、他のアダルトコンテンツ可の動画投稿サイトに人が流れる事もなく、逆に非常に盛り上がっています。
 私自身、十数年の間、いろいろなアニメファンやアニメファンのグループと知り合ってきましたが、どこも、健全に楽しむ雰囲気のところばかりでしたし、それも苦労して探したのではなく、すぐに見つかったところばかりでした。しかも、いわゆる「健全系」サイトには、「健全系」ファンが集まってきて、また輪が広がるという具合でした。
 そのようなファンが同人誌を発行している事も多いもので、同人誌即売会や通販で何度も手に入れたことがあります。私は原則として、成人向でないいわゆる「一般指定」の同人誌ばかり購入していますが、だからといって選択肢が限られるどころか、むしろ選択肢が多過ぎて迷うほどです。あまり目立たないながらも、実際には、裾野がかなり広いものです。
 そもそも、漫画やアニメのマニアといっても十人十色で、グループによっても本当にカラーが異なるものです。

光の部分にも目を向けよう

 「オタク文化は悪いところばかりじゃないよ、良いところもあるよ、と主張するのは、オタク文化の闇の部分を覆い隠すことではないか」と言う人もいるかもしれません。
 確かに、いわゆる「オタク文化」の闇について指摘する事も、時に必要でしょう。しかし、「オタク文化の闇の部分ばかりに目がいって、周りが見えない」というのも極端で、逆に「光を覆い隠す」ことです。そうすることなく、光は光、闇は闇と、はっきり白黒付けたいものです。
 とは言え、多くの人が漠然と抱いている、いわゆる「オタク文化」に対する不安に対し、ただ機械的に「それは誤解だよ、もっと理解してくれ」と主張するだけで終わらせるなら、「何か全然人の話を聞いてくれなくて、オタクっていつもこれだから困る」と、逆に問題をこじらせることになるかもしれません。
 たとえ誤解であるにしても、相手の話を聞いて、理屈はともかく、まずは相手の気持ちを理解して、その上でないと、相手の不安は解消できないものです。私もどちらかというと苦手な分野なので、永遠の努力目標でもあります。
 しかし、「電車男」やテレビの秋葉原特集など、メディアでいわゆる「オタク文化」の光の部分が紹介されるようになって以降、これまでの「アニメ等の愛好家=オタク=危険人物、社会ののけもの扱い」という空気が、少しずつ変化しつつあるのを肌で感じます。ネットとかメイドさんという、みんなの知らないアニメキャラよりはまだ理解しやすい分野をきっかけにしたのが、人々の心をつかんだ秘密だったのかもしれません。

コラム


「オタクは<萌え>を隠れみのにして、歪んだ欲望に耽溺する」などと主張する人がいます。しかし、それは逆に言うなら、<萌え>そのものが平和的に見えるからこそ、悪い心を隠蔽する隠れみのに悪用できるというものです。悪いのは「羊の皮をかぶった狼」であり、「羊さん」ではありません。実際、「萌え」という言葉は、アニメマニアの間でしばしば「エロ」(=この場合は、即物的な欲情)の対義語として「奥ゆかしい可愛らしさ」の意味でも用いられます。「俺の求めるのは、エロじゃなくて萌え」といった具合です。


【転載終了】

補足・「オタクバッシングに見られるカップリング妄想について」

 本文中の『「恋愛対象としてではなく、対等な一人の人間としてキャラクターを見る」視点』とは、恋愛には必ず上下関係がなければならないと主張したいのではありません。しかし、「少女が主人公となる漫画やアニメに夢中になる事は、成人である読者本人と未成年者との恋愛、つまり前者が強者となる非対等な関係を築く事を妄想する事なので害悪だ」と主張する人は少なからず居ます。でもこれはオタク用語を借りるなら、その種の非難をする人こそ「読者の成人男性×漫画の美少女」のカップリング妄想をしたり、そこから「読者の成人男性×近所のちっちゃい女の子」にまで勝手な妄想をふくらませてる様にしか見えません。そもそも、漫画やアニメのヒロインに恋愛感情や支配欲を抱かないとその作品を楽しめないのですか、と私は質問します。それに、「自分はその種の作品に興味が湧かないから、ファンの説明する作品の特徴や魅力には興味がないけど、どうせ色仕掛けとか、支配欲をくすぐるといったところだろ、それなら自分も納得できる」と勝手に決め付けられても、それは都合の良い部分だけ見て勝手に想像したいだけなんですね、と返すしかありません。
 私が「どうして女の子のイラストばかり描くの?」を執筆した当時は、「成人向作品の存在が、オタクのイメージダウンに繋がる一つの要因ではないか? だから一般向作品のファンの存在やその魅力にスポットを当てて語る事は、オタク文化への誤解を解く一つの方法ではないか」と思ってましたが、今振り返ってみると、それはあまり意味のない、空回りな行動だったのかも知れません。
 そもそも、「いい年した大人の男のくせに、少女漫画を読んだり少女向アニメを見るなんて変態だ!」と非難する人々は、仮に成人向ゲームや成人向同人誌やロリコン漫画雑誌やお色気要素のあるアニメが絶滅したところで、決して満足しません。「同じ少女漫画や少女向アニメも、ちっちゃい子が見るのは健全だが、成人男性にとってはポルノそのものだ」と主張するのですから。どんな妄想なのかしら、と呆れるほかありません。