現実と虚構を混同させる「サンタクロース」

 インターネットでは、毎年クリスマスシーズンになると、「今年のクリスマスは中止になりました」という冗談がしばしば出ます。また、クリスマスを男女カップルで過ごせず独りぽっちの青年は情けない、みたいな風潮に反感を持ち、極端な場合「クリスマス粉砕デモ」などというものを企画する人まで出る始末です。
 まあ、クリスマスは一部の人には知られているように、元々はキリスト教のお祭りではなくて、ローマ人の太陽神信仰の馬鹿騒ぎのお祭りに由来しているのですから、日本みたいな馬鹿騒ぎの飲み会とか、カップルでデートするとかは、もしかしたら「先祖返り」と言えるかもしれません。
クリスマス - Wikipedia
 私がクリスマスの風習の中で一番ついていけないと思うもの、それは、飲み会よりカップルより何より、「トナカイのそりに乗って空を飛び、煙突から入って子供達にプレゼントを贈るというサンタクロース*1が、あたかも実在の人物であるかのように子供達に信じ込ませる」事です。それはなぜなのかを説明しましょう。

サンタさんだけは例外?

 「現実と虚構を混同してて、犯罪に結びついたら怖い」。
 これは、ゲームやアニメ等のファンによく向けられる、紋切り型のセリフです。
 しかし、考えてみてください。毎年12月になるとどうでしょう。皆さんの周囲には、普段は危険と信じ込んでいる「現実と虚構を混同する」事を、最愛の息子や娘に率先して教え込んでいる人を見かけませんか。
 「サンタさんのお話は、『本当じゃないけど、もしあったら面白いな』って話なんだよ。本当は、坊ちゃん、嬢ちゃんのパパやママがサンタさんに変身して、プレゼントを枕元に置いているんだよ。だから、パパやママには心の中で『ありがとう』を言おうね」。もし私がどこかの子供達にこんな話をしているところをその子の親に見られたら、どうなるでしょう。「よく言ってくれた。現実と虚構をちゃんと識別できるよう、子供達に教えてくれた」? それどころかカンカンになって怒られてしまうのが普通です。
 「何てことをしてくれたの!せっかくサンタさんが本当にいると信じてたのに!」「子供達の夢を壊さないで!」、そう、私達は、子供達に現実と虚構を混同させるために親が吐いた嘘を取り繕うよう、協力まで求められてしまうのです。
 これはギャグでしょうか。「現実と虚構を混同」する事を危険視しているはずの人の発言とは到底思えません。

虚構とわかっていても虚構は楽しめる

 もちろん、空想のファンタジーの世界を楽しむ事そのものを悪いと言っているのではありません。それは良い方向で用いられれば、想像力を広げ、心を育てるのに役立ちます。
 私自身はというと、おとぎ話のファンタジーの世界は作り話だと、物心ついた時から両親に教わって育ってきました。おとぎ話はフィクションである事や、着ぐるみの中には人間が入っている事は、4,5歳の頃には既に知っていました。
 でも、「ファンタジーの世界が実在すると信じないと、ファンタジーの世界を楽しめない」というのは大嘘です。現にこんな私でも、ファンタジーの世界は十分楽しんでいましたから。「実際には無いけど、もし本当にあったら面白いだろう」という楽しみ方で、今に至るまで十分楽しんでいます。
 実際、幼稚園や保育園に通う年齢の子供達も「虚構とわかっていても虚構を楽しむ」ものです。ままごと遊びが良い例です。子供達は、砂場の四角い線を家の壁にうまく見立てて、パパやママや子供達になりきります。泥まんじゅうは「本当は食べてはいけない」と知っていますが、おいしそうに食べるふりをします。また、指人形やペープサートは、実際に子供達に演じさせてみると、喜んでやりたがります。「下の人がいる」事は十分承知で、それでも「下の人」になってファンタジーの世界を演じられる事が十分楽しいのです。

サンタクロースを子供に信じ込ませる事の害悪

 サンタクロースの嘘を子供に信じ込ませる事は、正直に言って、私はあまり良い事だとは思いません。
 まず、親自ら子供を騙しているのですから、子供に「嘘を吐く」事を教えている事に他なりません。幼いうちは騙せても、いつか気付く時が来ます。このつけは、いつか払うべき時が来るのです。その時、信用を失うのは自分自身だという事に気付いているのでしょうか。
 次に、サンタさんが実際にいると教えるのは、「現実と虚構を混同させる」事に他ならないという事です。先にも述べたように、他の分野では「害悪」とみなしているくせに、クリスマスシーズンとなると、よりにもよって自分の最愛の息子や娘にそうするのですか。
 また、サンタさんがプレゼントをあげた事にすると、パパママには感謝してくれない事になりますが、それでも良いのでしょうか。サンタさんの正体を知っても、「本当はパパやママだったんだ。パパとママ、ありがとう!」と感謝する子供よりも、「信頼していたのに、パパとママに騙された!」というショックの方が強い子供の方が多いという事を、どう考えるでしょうか。
 「それでも良い。子供達にはサンタクロースを信じていてもらいたい」とお考えの方は、もう一度、最初の「現実と虚構を混同する」という言葉の意味について考えてみてください。これまで、普段何の気なしに、ゲームやアニメ等のファンにこの言葉をぶつけていませんでしたか。もしあなたの最愛の息子や娘の「夢を壊したくない」と、嘘を吐いて繕ってまでもそう思うのであれば、「虚構とわかっていても虚構を楽しんでいる」青年たちのささやかな夢も、同じように壊さないでください。

矛盾をもう一つ

 クリスマスシーズンともなると、デブデブな体型のおやじであるサンタクロースは歓迎するくせに、普段は身近にいる太った人をあざける、というのも、いかがなものでしょう。「太った人は、食べる事を自制できないのがいけないんだから、自己責任だ」と、侮辱の言い訳をする人も多いですが、肥満の原因は人それぞれ違うので、一概にその人に問題があるとは言えません。それに、そんな非難は、上半身は自制できても下半身がだらしない人には言って欲しくない文句である、と、はっきり言っておきます。大体、モテにつながる快楽は思い切り羽目を外して、モテにつながらない快楽は調子よく「自制」を持ち出すとは、大層都合の良い話です。

*1:もちろん、サンタクロースのモデルとなった「聖ニコラウス」が実在の人物であったことは事実です。ここで取り上げているのは、おとぎ話としてのサンタクロースの事です。