はてなちゃん考

 最近はてなちゃんのイラストを描いてきて、「自分の描いた作品が娘のように可愛い」とはこういう気持ちなのか、という事が、やっとわかり始めてきた気分です。*1
 思うに、恐らく私がこれまで描いてきたキャラクターの中で、「はてなちゃん」ほど親近感を持って描けたキャラクターはないかもしれません。理由は幾つかあります。


 まず最初に、はてなのユーザたちで育ててきたキャラクターである事。あちこちのブログで紹介されたり設定が追加されたりイラストが描かれていきながら、徐々にキャラクターが育っていく過程が興味深かったし、特に、自分もただ傍観者ではなくそれに参加できるというのがうれしいものです。言葉を換えるなら、「キャラクター設計に参加する楽しみ」と言えましょう。


 次に、「キャラクターを名前で呼べる楽しみ」。はてなちゃんは名無しさんではなくて、ちゃんと名前も設定も付いているキャラクターです。思えば私は、これまでキャラクターの名前とか設定を細かく決めて描くという事はあまりしなかったように思います。名前や設定を決めたところでせいぜい「レトロな着物にエプロン姿のみよちゃん(仮)」程度でそれ以上細かい設定はなかったし、あとは「名無しの少年」だの「名無しの少女」という事も多かったけれども、それは自分がそのキャラクターにあんまり思い入れのない証拠だったのかもしれません。名前も設定もちゃんと付いているからこそ、親近感が湧くものかもしれないし、これは本当に大切な要素なのだ、と改めて思いました。アン・シャーリーだってこう言っているものですし。

あのね、あたしはたとえあおいの花でも一つ一つにハンドルがついてるほうが好きなの。手がかりがあって、よけい親しい感じがするのよ、ただあおいと呼ばれるだけだったらきっとあおいが気を悪くするんじゃないかしら。小母さんだっていつもただ女とだけしか呼ばれないのはいやだと思うわ。そうだわ。あたし、あれをボニーと呼ぼう。

――「赤毛のアン(Anne of Green Gables)」L.M.モンゴメリ著,村岡花子訳より。


 また、「あるある!と言える楽しみ」もあるでしょう。つまり、その設定が、普段使っている「はてなダイアリー」や「はてなブックマーク」等の世界とリンクしている事。これらをよく使っているユーザなら「あー、あるある、こんな事」と、親しみを持てるものです(もっとも、使ってない人には何が何やらわからないオタクな世界に思えるかもしれませんが)。


 そして最後のとどめが「創作と加工の楽しみ」。単なるイラストで終わることなく、「はてなセリフ」によるセリフの差し替えという新しい楽しみ方はとても新鮮。それも、従来のジェネレータのようにただお仕着せの画像のセリフを差し替えるのではなくて、自分で画像そのものから用意できるというのは、「作る楽しみ」があるので、とても楽しめるものです。


 かつて2ちゃんねるでは、「モナー」が生まれたことをきっかけに、AA板まで出来ていろんなキャラクターや物語が生まれていき、テキストアートの世界が一気に広がっていったものでした。はてなちゃんも、同じくユーザが考案してユーザが育てていったキャラクターで、はてなちゃんをきっかけに生まれたはてなセリフも、セリフの差し替えで可能性が大きく広がります。しかも、AAよりも敷居が低いし、フォント依存ではないので他のOSでも崩れず見られるメリットがあります*2。既に他の人も指摘していますが、はてなセリフはもしかすると「ポストAA」の地位を奪い取る可能性を十分秘めているように思います。

*1:できの悪い娘だけど、それでも可愛いのです。

*2:Windows Vistaのフォントでは2ちゃんねるAAはきちんと表示できるのでしょうか。まだ試してないので、ちょっと心配です。