結婚資金を断つ「独身税」

 最近、「子供を産み育てるという社会的責任を果たしていない独身者には、『独身税』という形で懲罰的な制裁金をかけるべきだ」と主張する人も一部にいます。
 しかし、このアイディアは本当に良いもの、本当に効果的なものなのでしょうか。私は非常に懐疑的です。人権を蹂躙する憲法違反の政策である上に、むしろ逆効果だと考えています。その理由をいくつか挙げてみます。

独身税」が推進する憲法違反の「強制結婚」

 まず、「独身でいる事に対して懲罰的な制裁金を掛ける」という発想そのものが、憲法の定める「婚姻の自由」に反する可能性があります。
 結婚とは結婚する男女の合意によってなされるものであり、結婚するかしないか、するなら誰と結婚するかは、他人が強制するような性質のものではありません。
 「結婚したくない人は『独身税』を払えば“結婚逃れ”できるから良いではないか」といっても、それが法外な額だったらどうでしょう。これは決してギャグではありません。大体、「独身でいる事に法外な制裁金をかけて結婚へと追い込む」事が「独身税」の目的なのですから。
 恐らく、「独身税」推進派は、恐らく子供の養育費相当の額か、ないしはそれに上乗せした額を要求するでしょう。つまり、月に数万〜十数万という、金持ち独身者ならともかく、貧乏独身者にはつらい額になる可能性があります。こうなると実質的な「政府による結婚・出産の半強制」です。戦前・戦中の「産めよ増やせよ」政策は批判するのに、「独身税」による「産めよ増やせよ」は推進するなんて、虫のいい話です。

独身税」という名の宗教弾圧

 憲法違反なのは「婚姻の自由」だけではありません。「信教の自由」にも抵触する可能性があります。
 皆さんは、独身の宗教家というと、どういう人を想像するでしょうか。仏教のお坊さんや尼さんでしょうか。キリスト教会の修道士や修道女でしょうか。教会で結婚式を挙げた方も、もしかしたら独身の神父さんに祝福されて結婚したかもしれません。*1
 これらの人の事を“子供を産み育てるという社会的責任から逃げている”として、彼らに懲罰的な制裁金を掛けるなら、これは一種の宗教弾圧といっても差し支えないのではありませんか。
 中には、「宗教の方を変えるべきではないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、宗教の戒律を政府が圧力をかけて変えさせることがまかり通ると、ちょうど戦前・戦中の宗教弾圧の時代のような事になります。テロなど甚だしい反社会的行為を止める場合を除き、政治が宗教に介入することは遠慮すべきでしょう。
 仮に百歩譲って「独身税」を導入するとしても、このように宗教的信条のゆえに独身でいる人からは免除すべきだと私は考えます。もっとも、それが目的で出家する人も一部いるかもしれませんが、坊さん・尼さんの生活は自己鍛錬の毎日であり、のうのうと暮らしながらできるものではないと釘を刺しておきます。

独身税」が貧乏人も含めた弱者を搾取する

 皆さんは「独身者」というと、金持ちを想像するでしょうか。それとも貧乏人を想像するでしょうか。
 金持ちの独身者に、更なる社会貢献を求める、それゆえに「独身税」を要求する、これならまだ話はわかります。しかし問題なのは、貧乏な独身者、それも結婚はしたいけど貧乏ゆえにできないという人に、さらに懲罰的な「独身税」という追い打ちを掛けるなら、どういう事態になるのか、という想像力が「独身税」推進派に著しく欠如していることです。
 先にも挙げたように、「子持ちの既婚者は子供の養育費を払っているのに、独身者は払ってないので不公平だ」というのなら、「独身税」とは恐らく子供の養育費相当の金額、つまり月に数万〜十数万円を払わされるだろう事は想像に難くありません。貧乏な独身者は、今でもギリギリの生活を送っているというのに、さらに「独身税」も払うとなると、これは「死ね」と言ってるも同然です。結婚して独身税から解放されようにも、彼女を見つけてデートするための軍資金すら断たれて結局結婚できない、そして家賃はおろか食費にも事欠いて餓死する、という事になりかねません。
 次に、結婚相手を探す事が大変な立場に置かれている人も一部にいます。まず、昨今の非モテ問題でよく言われているように、美貌に恵まれていない人たち。こういう人々は、「独身税」どころかむしろお金を必要としています。中には歯や顔の整形やカツラでコンプレックスがすっかり取り除かれて、結果として結婚に結びつく人もいるかもしれませんが、そのための軍資金を「独身税」という形で吸い上げられたら、どういう結果が待っているでしょうか。
 また、障害者によっては結婚相手を探すのが大変という話も聞きますし、昔より状況は改善されつつあるとは言え、被差別部落の結婚差別問題もあります*2。こういった立場に置かれた独身者から「独身税」を取る事は、私は断固反対です。もっと身近な例では、農家の嫁探し、特に農家の長男ともなると困難を極めるという話は耳にします。
 平成時代の貫一たちは、結婚を目前にしてダイヤに目がくらんで玉の輿に乗ったお宮にフラれるどころか、そもそもお宮と出会いすらできず、「金色夜叉*3になって世間に復讐するどころか、働いても働いても政府に搾取され、飢えてそのまま犬死を待つだけなのでしょうか。

独身税」が偽装結婚を増やしてヤクザを潤す

 さて、「独身税を払わないため」の結婚というものが、果たして幸福なものと言えるでしょうか。私は、こうやって無理矢理追い込まれた結婚は、時に人を不幸に追い込むのではないかと思いますし、それが非常に不安です。
 そして恐らく形式的なだけの「偽装結婚」も増えるでしょう。結婚を増やすったって、質の悪い結婚を増やしたところで、どうしようもないでしょう。偽装結婚が出産の増加につながるとはどうしても思えないし、仮に出産があったところで、こういう愛のない不健全な結婚関係の中で、健全な家族を築いたり、愛情を持って子供を育てたりする事なんて、期待できません。
 このような、実質的に偽装結婚を増やす政策なんて、むしろ結婚制度や家族制度に対する冒涜です。
 次に、これがヤクザの資金源になる危険性があります。今でさえ、外国から女性を連れてきて日本男性と偽装結婚させる事がヤクザのシノギになっていると言われているのに、独身税制度が導入されると、もっとひどい事態になるだろう事は想像に難くありません。
 また、「暴力をふるう」等の理由で周囲が結婚対象から外して避けていた悪い男は、独身税逃れのために何とか結婚しようと、合法・非合法いかなる手段をも使うでしょう。その巻き添えを喰って泣かされるのは女なのだという事に、「独身税」推進派の女性は気づいているでしょうか。
 加えて、「独身税」から逃れるために日本から脱出する「非モテ難民」も増えるのではないでしょうか。「結婚はしていないが、その他の分野では日本にとって無くてはならない人材」を海外に流出させてしまう愚かな政策と言えるでしょう。

独身税」では非婚問題の根本原因は解決しない

 「なぜ最近の若者はなかなか結婚しないのか」。これには様々な理由があります。しかし、「独身税」が効果を上げる独身者とは、「結婚相手は比較的容易に見付かる立場にあり、結婚後も家族を養えるだけの収入が十分あるが、結婚する気がない。でも金の力で揺さぶりを掛ければその気になる」という人々だけです。そしてその他の独身者には効果がないばかりか、先に挙げたように、場合によってはむしろ逆効果ですらあります。
 そもそも、非婚問題の一番大きな理由の一つである「経済不安」は、「独身税」では決して解決しません。もう一度繰り返しますが、正社員の職にあぶれて、収入の少ない非正規雇用に仕方なく就いている貧乏な独身者に「独身税」を掛けたところで、彼らがもっと収入の大きい正社員の職を得て結婚相手も見付かるというのですか。順番がまるで狂っています。まずは雇用問題を解決する方が先です。

金持ち独身者に負担を求めるのは良いが、「独身税」という名称はどうにかならないか

 確かに、「独身税」推進派の主張も、一部は聞くべき部分もあります。「子持ちの既婚者は子供の養育費を払っているのに、独身者は払ってない」ので、負担の大きい育児費用を独身者にも適切な範囲で求める、この考えそのものには、私は反対しません。今でさえ、私たち独身者の払った税金のうちの一部が、乳幼児の検診や予防接種、幼稚園や保育園や学校の運営費をはじめ、子供の養育を支援するために使われています。園や学校に通う子供たちを見かけるたびに、「自分たちの払った税金がこういう形で有効に活かされるなら、払いがいがある」と感じるものです。
 しかし、先に挙げたように、独身者と一言で言っても、様々な境遇の人がいます。金持ちの独身者と貧乏な独身者。プレイボーイの独身者と非モテの独身者。宗教や自分の信念ゆえの独身者。弱者ゆえに独身から脱するのが難しい独身者。これらを十把一絡げに「子供を産み育てるという社会的責任を果たしていない」と非難するのは、いかがなものでしょう。
 特に、貧乏な独身者に懲罰的な制裁金を科すなら、なおさら結婚から遠ざかることになりかねません。「独身税の前に、雇用問題を解決すること」「収入に応じた税負担にすること」、最低この二つが守られない限り、「独身税」は独身者を結婚へと尻押しするどころか、逆に金策尽きて尻込みする結果となりかねません。
 加えて、「独身税」という差別的、屈辱的名称は、どうにかならないものでしょうか。私からは、「育児保険税」という案を挙げておきますが、どうでしょう。そもそも、こういった物が本当に必要なのかどうかという「そもそも論」も残っていますが。

追記

 でも、こうやって集められた「独身税」が、本当に育児支援のために有効に用いられるのならまだ良いけど、税金は集まりました、でも無駄遣いでスッカラカンになりました、ごめんなさい、なんて事になったら怒るぞ本当に。

*1:プロテスタントの牧師は妻帯が許されていますが、カトリックは原則として独身です。

*2:私は、反部落差別団体が、こういった「独身税」とか「命のバトンを渡す義務」論とかについて触れてるのをあまり聞かないのが不思議です。こういった問題を挙げることこそが、差別問題が今なお残っている事の強力な証拠になると思うのですが。

*3:金色夜叉」とは尾崎紅葉の小説の題名。なぜ金色夜叉=金の亡者という題名なのかというと、貫一がお宮と別れた後に金持ちを目指して高利貸しになった事を指しています。でもどうやら平成時代の貫一たちは金色夜叉になる代わりに非モテブログを立ち上げるものらしい……