びんちょうタン―「侘び、寂び、萌え」とはこの事だ

疲れた人のための超癒し系アニメ「びんちょうタン」
TBSアニメーション「びんちょうタン」公式HP


 びんちょうタンというキャラクター自体は、私も以前から知っていた。駄洒落で作った、どこにでもありそうな「ぷに萌え」キャラ(ほっぺたをプニプニしたくなるような可愛らしさを持つちびキャラの事)、程度の印象しか無くて、さほど気にも留めていなかった。
 とは言え、和歌山県みなべ町森林組合のマスコットキャラクターに採用されたというのには驚いた。いわゆる萌え系キャラクターというと、中には問答無用で拒否反応を示す人も少なくないこのご時世なのに、本当に洒落がわかってらっしゃる。こういう感性も、時には必要だ。この大英断は大成功で、「びんちょうタン」がきっかけとなって、備長炭の里であるみなべ町を訪れる人が増えたと聞く。


 さて、私はこのキャラクターのアニメ化には、正直なところ、あまり期待していなかった。どうせよくありがちな、単にキャラの可愛さだけが売りの平凡な萌えアニメになるんだろう、と思っていた。しかしとにかく、まず第1話だけ見てから判断を下そうと、録画予約だけは入れておいたのだった。

今までにない、侘び寂びの新鮮な感覚

 しかしその予想は、小気味良いくらい完璧に打ち砕かれてしまった。主人公には悪の化身と戦う力も、変身できる魔法の力もない。「お兄ちゃん大好き」とか言ってさえない男の子にベタベタ甘える事もない。そんな萌えアニメの定番パターンに全くとらわれない、新鮮な感覚の作品だ。
 舞台は人里離れた山奥。そこの小さな一軒家に住んでいる孤児のちっちゃな女の子、びんちょうタンが、山菜を採ったり、お釜でご飯を炊いたり、そういう自然に囲まれた何気ない日常を描いた作品である。
 まあ、田舎暮らしを扱ったアニメなら、「アルプスの少女ハイジ」やら「となりのトトロ」やら、いろいろあるだろう。しかしこの作品がユニークなのは、台詞があまりにも少ない事である(第1話の登場人物がびんちょうタンだけだった事もあるが)。静けさが語る物語。森の効果音と静かな音楽をバックに、風景描写とか、何気ない仕草とかが、多くの言葉よりもより多くを語ってくれる。言葉を換えるなら、日本的な「侘(わび)、寂(さび)」の感覚をアニメとして表現した作品である。
 なお、この作品は15分アニメであり、話の途中にCMが入らず最初から最後まで続くのだが、せっかくの侘び寂びの雰囲気が途中で壊れないというこの配慮?がなかなかニクい。
 あとは、第2話以降もこの侘び寂びな雰囲気が壊れず続いてくれる事を願うのみだ。今後キャラが増えていくらしいが、やっぱり普通の平凡な萌えアニメ的な雰囲気に戻ってしまうのではないかと、少々心配している。この心配が無用であることを願う。

萌えキャラも、こう料理すると見違える!

 さて、「侘び寂び」だけでなく「萌え」(つまり、かわいらしさの要素)も忘れてはならない。静止した一枚絵のキャラクターしか見ていなかった時には気付かなかったのだが、その絵が動くと、途端に生き生きとして見えるし、抜群に可愛らしい。この作品のスタッフは、あの二次元の止め絵のキャラクターに命を吹き込んで動かすかのように、仕草の可愛らしさをうまく引き出して表現するのがなかなか上手い。びんちょうタンのほっぺたをプニプニしたくなってくるくらい、ちびキャラの描き方や動かし方がとても上手い。ちっちゃいのにけなげに働く様子がいじらしいし、特に、鴨に乗ったびんちょうタンは何だかメルヘンしてて微笑ましい。
 萌えキャラというものは、一歩間違うと媚び媚びになってあざとくなりがちなものであるが、この作品は、「萌えキャラも、こう料理すると見違える!」と驚かされたくらい、素材の料理の仕方がなかなか上手だ。「萌え」と「侘び寂び」とが程良く調和して、そんなあざとさをあまり感じさせることなく、ちょうど森の中で寝転んで昼寝でもしているかのように、リラックスした気持ちにしてくれる、そしてほのかに心温まる、月並みな言い方だが「和み系」「癒し系」アニメと言えよう。


 世の中には、いわゆる萌えアニメと聞くと、露骨に嫌な顔をする人も少なからずいるが、「萌え」と名の付くものを何もかも全否定するなんて惜しい事はない。アニメは人に良い影響を与える道具にもなり得る。ちょうど今回の作品のように、「萌え」も良い方向で用いるなら、豊かな心を築き上げ、心温まる、優れた作品になるだろう。