はじめてのデパス

 ある朝、右の額にコブができたかのような痛みに耐えかねて目が覚めた。そしてそれ以来、これまでにないひどい頭痛に悩まされる毎日が続いた。しかも頭痛薬が全く効かない。いつもはバファリンの二錠も飲めば軽く収まってしまう頭痛が、この度は家にあるどんな薬を飲んでも一向に収まる気配がない。

 聞く所によると、いつもと違うタイプの頭痛は、時には危険なこともあるという。恐らく大丈夫だとは思うが、万一脳腫瘍など脳内に問題があっては命にかかわる。痛みがますますひどくなり仕事どころでは無くなった時、大病院の脳神経外科にかかることにした。本来ならとっくに受付終了していたが、今回は緊急外来で特別に診てもらうことができた。

 医師に症状を説明したところ、脳腫瘍などの確率は低いとのこと。しかし私も心配が残っている。現に身近に突然の脳内出血で意識不明のまま死んだ者がいるのだ。念のために脳をCTスキャンで断層写真を撮ってもらった。

 結果はというと、全く異常なしであった。もちろん今後脳腫瘍や蜘蛛膜下出血が100%起こらないという保証ではないが、少なくとも現時点では脳に異常は無いし、今回の頭痛は脳腫瘍や脳内の出血とは無関係であった。

 安心したところで、もちろんひどい頭痛はまだ治まらない。アセチルサリチル酸(バファリンの主成分)もアセトアミノフェンも効かないと言う私に、強めの頭痛薬が処方された。どんな薬かと思って実際に受け取ったら、いやはや、たまげた、片方はロキソニンといって強めの鎮痛剤。で、もう一つはというと、タイトルにも書いた、デパス……といっても馴染みの無い人も多いだろうが、要するに万能の精神安定剤ですよ、精神安定剤。あの……精神安定剤なんかが欲しくて医者に掛かったわけじゃないんですが。それに、精神安定剤なんて、あたしゃ木更津病院の精神科とか神経科にでもかからなきゃ、そう滅多に手に入るものじゃないとばかり思ってたから、ちょっとしたカルチャーショックだったわけで。

 しかし後で調べたら、そんなにビックリするほどでもなかったようだ。デパスは私の持ってる資料によると「長期連用不可」「向精神薬」の指定から外れているほどで、精神安定剤といってもそんなヤバいほど重いものでもないらしい。さっき万能の精神安定剤と書いたように、抗不安作用だけでなくて催眠作用や、ひどい頭痛や肩こりの緩和に使われることもあるとのこと。もちろん、薬、特に精神安定剤というものは、一歩間違うと危険も伴うものである。今回のデパスは耐性がつきやすいことから濫用で依存症になっている人も結構いると聞くし、安全に使うには用法・用量をきっかり守らなければならない。まあ私の場合、0.5mg×6錠と、長期連用による依存などとはほぼ無縁と考えられそうなほど、ちょっとだけしかもらってないけれども、服用中は車の運転を避ける事なども含め、やはり用心するに越した事はない。

 話はちょっと脱線するが、もうちょっと弱めの精神安定剤だと、市販の頭痛薬に元々入っている場合があるのは、意外と知られていない。たとえば鎮静剤のブロムワレリル尿素ナロンエースをはじめ様々な頭痛薬に含まれている。それじゃこれが睡眠薬代わりになるかというと、カフェインも同時に含まれていたりするのだが。このように、精神安定剤は知らないところで身近な存在であるのが驚きだが、むやみやたらに使うと眠気ばかり催したり、薬に耐性がついて効かなくなり、余計に量が増えて依存症になったりということもあるので、薬の特性をよく知って、注意書きや医師の指示にちゃんと従って適切に使用するのが肝腎である。特に、同じ薬を何週間もの長い間使うと耐性ができることがあるので気を付けるべきだ。もちろん、遊びで使うとか、オーバードーズ(薬物過剰摂取)とか、仮病や違法な手段での入手など言語道断、もってのほかである。もちろん病院や調剤薬局も危ない人はマークしていて、そういう人には絶対に薬を出さないらしいが。

 さて私は例のデパスを服用してみたかというと、まだである。ロキソニンは飲んだのだが、飲んでもすぐには効かず、やっぱり頭を抱えて苦しんでいた。ところが、いよいよ薬が切れてもおかしくない頃に、なぜだか原因不明のうちに頭痛が治ってしまった。全くあの激しい痛みはどこに消えてしまったのだろうというくらい、頭がスッキリである。ロキソニンが遅れて効いたのか、それとも、まさか、「いざという時の特効薬が手許にある」と思うことで精神的ブラクラならぬ精神的精神安定剤になったのかどうか。

 最後にもう一度釘をさしておくが、精神安定剤は正しく用いるなら鎮痛・催眠・抗不安に有効であるが、濫用は精神依存や身体依存によって体を蝕むことになりかねないので絶対に止めて欲しい。それに、私は仮に濫用したくても濫用できない。車がないと仕事にならないし日常生活も非常に不便であるから、精神安定剤抗ヒスタミン剤も咳止めも、とにかく眠くなるような薬は、どうしても必要な時以外は、できるだけ使いたくないのが本音だからだ。