「知り合いから教わる知識はタダ」か?

 日本人の多くは、外人を見ると英語で話したがる習性がある。まあ私も英語が通じる相手なら英語で話すこともあるし、それ自体必ずしも悪いことではない。多くは気を利かせるつもりでのことだろう。

 しかし、その外人を、あたかも「無料英語教室の先生」であるかのようにみなすとしたらどうだろう。確かに、自分の母国語を、それを知らない人に教えるというのは、外人にとってうれしい事かもしれない。しかし、自分の仕事や予定に差し支えるくらい頻繁に呼び出されてしまったり、わからない言葉があるたびに「教えてくれ、教えてくれ」と一日に五、六回も電話がかかってきたりしたら、教える側も嫌になってしまうだろう。それも、努力家や、飲み込みの早い人に教えるならともかく、中学一年程度の英語すら覚えようとせぬ人から「急ぎなんだ、英字新聞の記事をこちらで読み上げるから訳を教えてくれ、わからない単語はアルファベットで読む」などという電話が深夜にかかってきたら、ぶち切れるだろう。

 私の言いたいのはこれである。今の日本において、パソコンの使える人間は、まるでこういう外人のような扱いを受けていることが往々にしてある。つまり、パソコンの使える知り合いは24時間対応の「無料パソコン教室の先生」にされてしまう危険が非常に高いのだ。


 私もそうだが、パソコンの使える人間には、世話焼きの人や、頼まれたらなかなか嫌と言えない人間が多い。これ自体は問題ない。そして、時々は「無料パソコン教室の先生」になってやるのも構わない。問題なのは、その「無料パソコン教室の先生」を頼む側が、そのことによって相手の時間を奪ってしまっていることをきちんと認識しているか、である。

 時間を奪うと言ったって、それもたまにチョットの程度なら、それくらいで目くじら立てる人間は少ないだろう。問題は、先の外人の例のように、極端なほど相手の好意に甘え過ぎることである。相手の仕事や予定に差し支えるほど頻繁だったり、相手の予定も顧みずに緊急の対応ばかり要求したりすることだ。また、パソコン操作を覚えようという意欲のある人に教えるのはたやすいことだが、それの無い人に教えるのは苦痛以外の何物でもない。つまり、同じ事を三度四度教わってもすぐ忘れてしまい、「またあいつに聞けばいいや」と言ってまたその「無料パソコン教室の先生」を呼び出すという人である。それだけならまだしも、自分の努力不足を棚に上げて「お前の教え方が悪い」と言われた日には、教えた側も泣きたくなるだろう。

 こういう、人に質問するばかりで自分から調べる努力をしない人のことを、俗に「教えて君」と言う。これは何も今に始まったことでも、パソコンに限ったことでもなくて、わからない単語を国語事典や英和辞典で調べるのを面倒臭がって安易に「生き字引」に聞く人も多く、これも古典的な「教えて君」の一種だろう。生き字引は大抵、語学に強いものだが、教えて君は学ぼうとする努力を抛棄しているから、当然、語学力の成長が鈍ってしまう。もちろんこの法則はパソコンにも当てはまるもので、人に聞くよりもまずは自分で調べるのを優先する人ほど、パソコンの上達が断然早い。


 さて、「無料パソコン教室の先生」諸氏は、こういう「教えて君」にどう対処したら良いだろう。ここで、学校の先生や家庭教師の教え方を思い出していただきたい。算数の計算の仕方を教える時に、解き方を教えずに算数ドリルの答えだけ教えても無意味である。確かに答えは合っているかもしれないが、それでは自分で問題解決する能力が育たない。同じ事で、パソコンの使い方を教える時、まあ最初はお手本を見せるが良いが、相手の自己解決能力を育てること、これを目標にしなくてはならない。聞かれた事をいつでも一から十まで教える必要があるとも限らない。ライオンの母親が子供を崖から落とすのと同じで、時には自己解決能力を育てるために自分を鬼にして相手を突き放す必要もあろう。

 突き放すと言っても、必ずしもきつい言葉を浴びせる必要もない。自分で一から十まで教える代わりに「ヘルプで○○というキーワードで検索すれば載ってるから読んでみれば」「googleで○○というキーワードで検索(以下略)」で済ませることができるなら、相手も問題が解決して納得し、また自分で調べる方法がわかる上に、自分も時間の節約になる。一石三鳥である。もっとも、これで済むなら話が早いのだが、これで済まないこともよくあるのが苦労するところだ。

 あまりしつこく呼び出される場合は、自分が忙しい事をいつもアピールするのが一つの助けになるかもしれない。また、パソコンを教えたりサポートをするのは、本来なら家庭教師料金程度でも済まない高い技術料がかかることも、何かのついでに話しておくと良いだろう。技術料の一例を紹介する。

↓「最低でも」これくらいお金を取られるのが当たり前なんです。
出張料 +5,000(日帰り)
電話サポート 1,000/h(深夜2割増)
パソコンセットアップ 5,000
プロバイダ契約代行 無料サービス中!(カード会社との契約は除く)
インターネット・メール設定 5,000
プリンタセットアップ 3,000
スキャナセットアップ 3,000
ソフトインストール 2,500(ソフト購入は別途代金が必要)
メモリ増設 4,000
デジタルカメラのセットアップ 4,500
各種カードのセットアップ 2,500
各種ボードのセットアップ 4,500
外部メディアドライブ接続 3,500
内部メディアドライブ接続 6,000
ADSLモデムの接続・設定 5,000
CATV〜PC間の接続・設定 5,000
トラブル診断料 2,000/h
ウィルスチェックと駆除 3,000
OS再インストール 5,000
システムリカバリ 9,980
自作パソコン組立 8,500
データバックアップ環境の構築と運用に関する講義 8,000
*周辺機器類接続は接続未保証の場合でも代金必要

出典:「知人友人上司の無料PCサポート依頼を斬る!!Part10」@2ちゃんねる掲示


 私が思うに、以上の例は一般的な相場からしても安過ぎるくらいであり、一回呼べば数万円は確実にかかるという、高級バー並に料金がかかる会社はゴマンとある(会社としてやっているなら、やっぱり、それくらいもらわなくては採算が合わない)。それを、知り合いだからと甘えて何もかもタダでやってもらい、しかも自分が覚えようとする努力は抛棄して、なお悪いことに、自分の覚えが悪かったり、自分が無理難題ふっかけて相手ができないことの責任を相手になすり付ける、ともなると、何と虫の良い話なのだろうと思わざるを得ない。

 幸いにして私は、ここまで極端な「教えて君」に出会ったことは今のところ無いし、良識ある人が多いのでむしろ感謝しているほどだ。私がコンピュータでおまんま喰ってることを知っていて、本来なら「その知識に金を払わなくてはいけない」ことを重々承知していることも、理由の一つにあるのかもしれない。それを考えると、コンピュータを扱うことが直接仕事でない人は、その知識が本来はタダでなくて当然であり、タダだとしたらあくまでも好意である、ということを理解してもらうのが難しいだろうから、可哀想に、苦労も多いかもしれない。しかし、ローマは一日にして成らず。野球選手やサッカー選手やヴァイオリニストやバレリーナと同じことで、その人がコンピュータを上手に操れるようになったのは、ある日突然のことではない。毎日毎日の隠れた秘密特訓の賜物である。たとえ本職でなくとも、その努力を正当に評価して欲しいものだ。それじゃ金さえ払えば、時々飯さえおごれば良いかというと、そういう問題じゃない。そういう見返りよりも何よりも、相手の都合も少しは考えるとか、気遣いの方がもっと大切だし、自分の教えた人が努力し上達していく様子を見る事こそ、教える側にとって何よりの励みになる。


 面白い事に、「教えて君」も、その「無料パソコン教室の先生」が自作ソフトをインターネットで無償公開していると聞くと、今度は「勿体ない。売れば儲かるのに」と言う事が多いのだ。それなら、まずはその「教えて君」に売りたいところなのだが、答えは、知り合いなんだからケチケチせずにコピーしてくれよ、だろうか。